
何かと剣呑な日が続きます。中国は河南省に続き,今度は四川省で集中豪雨による洪水、ギリシャは熱波で大規模な山火事。国内外あちらこちらから気象災害のニュースが流れてきます。5月以来干ばつによる水不足に悩まされていた台湾は、今後は逆に水害対策が必要なほど降ったみたいです。ちょうど良い塩梅には中々ならないもんですね。

そんなこんなな時だから、今日は縁起の良い物でもご覧いただこうかな、てな訳でこちらの茶壺です。
『平安富貴』もうね、名前からして太平楽を並べたつうか、攻・走・守三拍子揃った逸材とか、序盤中盤終盤隙が無い豊島九段みたいなオールマイティっぷりです。平和で安らかで富んで貴いんですから。

茶壺としては円筒形のストンとしたフォルムで270mlと大ぶりながら手に余る程ではなく、手の小さい方でも取り回しに苦労する事は無いと思います。泥料(土)は老紫泥。つまりまあ、平たく言うと茶壺そのものは至ってオーソドックスな竹韻壺です。蓋の合わせや生らかなカーブを描く觜など、細部に精緻に作られている「デッサンのしっかりした」作品だと思います。

これで普通の珠がポチンとついていれば凜とした気品も感じるおとなしめの茶壺なんですが、どっこいてっぺんにコイツが鎮座してやがります。女性の作陶家らしく可愛らしくデフォルメされたカエルですが、よく見るとコイツは青とかじゃなくガマです。おっさん世代にしか判らんとは思いますが「だーからこっちでゲロゲーロ」のアレで、「♪ガマはガマでも四六のガ〜マ〜」のアレです。

古来、中国ではこのガマガエルは財産・富裕といったすんげえ下世話な願いに御利益があるとされています。なんかトレーダーさんが小網さまとか末廣さまにお詣りするのと似ていますね。ま、大事な事です。番頭も何が欲しいってやっぱソレですもの。
いくつかお約束事があります。まずガマは古銭の上に乗っています。口にくわえているのは穴あきのコイン。コインは固定されておらず、クルクルとくわえたまんま回ります。「お金が回るように」つう事でしょうか。

前足2本、後ろ足1本。陰陽の習わしでもあるようですが、水かきのついた前足の前足でガバァ!と富を取り込んで、出て行くほうは締まっていて出て行かないように。原理はウナギ漁の仕掛けと同じです。

平安の象徴である竹と、成長を願う竹の節。豊かさをもたらす蝦蟇。見事なまでに両極端な願いがおおよそ似つかわしくない淡麗な茶壺に詰まっている、何とも憎めないモチーフの作品です。

胴に彫られた文字は左から縦読みで『一枝青玉半枝妍』。郑板橋という清代の詩人が二月の光景を描いたものです。
多画春風不値銭、 一枝青玉半枝妍。
山中旭日林中鳥、 啣出相思二月天。
これが全文。中国語も不得手なら、情緒もへったくれもない番頭でございますんで何のこっちゃ判りません。
語学堪能なムスメに尋ねたところ「んとね、二月の光景を描くならあれこれ美しいものを並べ立てなくても、蘭の花、蘭の枝を描けば十分です、ってくらいの意味」…はぁ成る程。
要するに枝一本がサファイヤ、枝半分(蘭の花を指しているんじゃないか、とムスメ)が妍き(かおよき)蘭の花をシンプルに描けば、それが二月の美しい光景をずべて想起させてくれる、という事のようです。
ははぁ、「目に青葉、山ほととぎす、初鰹」みたいな事…じゃねえよどう考えても。

見目麗しく、平穏で、何一つ不自由が無い。そんな景気の良いお話でございました。
勿論、お茶が美味しく入るってのが一番のウリではありますはい。