
ヤッホー!
今日はモノレール開業記念日なんだってさ。浜松町〜羽田空港間のモノレールが開業した9月17日がそれにあたるんだそうな。東京五輪(昔のほうね)に合わせて、って事は番頭とタメじゃんかモノちゃん。1ドルが360円の固定相場で、初の海外ツアーJALパックが発足したもののまだまだ海外旅行が高嶺の花だった頃のお話、昭和は遠くなりにけり。

ええと何の話でしたっけ。そうそう、秋水という茶壺でした。
楊琴さんの茶壺です。「秋水」という名前の茶壺は見かける事がありますが、これといった決定的なお約束ごとが無いように思えます。平べったいものもあれば筋紋(菊花のような模様)になってるものも。楊さんのこの秋水壺は橄欖壺に似た形状になっています。
すらっとしたプロポーションの良いフォルム。水平壺に近い觜、下部に向かって絞れていく把など、怒られるのを承知で表現すれば女性的な美しい形状をしています。
泥料は「棗紅泥」とあります。明るい発色ですが、朱泥のように黄色っぽさはありません。梨地(梨皮)のように表面がザラザラしていますが、これは粒子の異なる土を使っているのではなく、泥料の目(篩にかける時の目)を敢えて粗くするとこういうザラ感が出るのです。ツルツルの滑らかな肌ももちろん美しいですが、細かい凹凸のある地肌もしっとりして見応えがあります。

特筆すべきはその軽さです。250mlとたっぷり入る容量ですが、それにしては軽いです。持った時に「あれ?」と気づくくらいの軽さはこの茶壺がかなり思い切って薄手に作ってある事からきています。薄い分見た目より容量があるというのももちろんありますが。テクニック的な事は楊さんに再確認しないといけないのですが、目の粗い土を使ってるのも薄くしても強度を確保出来るようにとの狙いだと思われます。これだけ茶壺が軽いと中にたっぷりお湯を入れても取り回しは苦にならないです。逆に何も入れない状態で持つと少し心許ないように感じてしまうくらいです。

育て甲斐もありそうですねえ。梨地もそうですが、表面に凹凸がある茶壺は養壺が多少面倒くさくはありますが、その分変化も幅も大きいです。
それにしても、テッペンのポッチ(蓋持つ所、珠とか座と呼ばれる部分)も棗の実みたいだったりして。

辞書によると「秋水」というのは(1)「秋の澄んだ川の水」というそのまんまの意味の他に、(2)研ぎ澄まされた刀や鏡、(3)女性の曇り無く澄んだ瞳、といった意味もあるようです。番頭は幸徳秋水、という名前が浮かびます。なぜか中江兆民という名前とセットで縮んだ脳みその隅のほうにありましたがいつ頃の何をした人かつうのが朧気です。

ともあれ、美しい茶壺です。使いやすい茶壺でもあります。
茶荘の棚に置いてますんで、手に取ってご覧下さい。なるほど軽い、んで。