
番頭でございます。
昨日はこれぞ秋晴れ、って感じの気持ちの良いお天気になりました。お江戸基準で恐縮ですが。
こんな日がずっと続けば、なんて甘い事を夢見たりします。短いのよねえ、秋。

久しぶりの北斗です。ブログ遡ったら5月の留守番生活の始めのほうで飲んでました。ブログ以外でも飲んだ記憶が無いんで、たぶんそれ以来です。
その時にも同じような事書きましたが、北斗には若干の苦手意識があります。飲むのは大好きなんですが、淹れるのがどうもね。ひどく失敗した事は無いんですが、会心の出来ってのが難しいんです。北斗が淹れにくいってんじゃなくて、これは多分相性みたいなものなんでしょう。
北斗は上撰と普通のがありますが、こちらは'19年の普通バージョンのほうです。
苦手なお茶を淹れる時、番頭は茶葉を多めにする傾向があります。「置きにいった」安全策のつもりですが、大抵ロクな事になりません。今朝はちゃんと5グラムきっちりで抑えました。黒っぽい色のやや細長い茶葉です。中焙煎くらいかな。
逆に時間は短くなりがちです。なのでちゃんと時間計ります。25秒待って味見してから出しました。

お湯を注ぐとなんとも香ばしい香りが上がってきます。焙煎由来だけではない茶葉そのものの香りも加わり、岩茶でございます、というらしい香り。
茶水色は濃い目。ほぼ中焙煎くらいです。赤みというほどではない、綺麗な茶色です。

落ち着いた花香は菊とか梅のような和っぽさで、至って穏やか。それより少し強くアピールするのはふきのとうのような山菜っぽくちょっとだけスパイシーな香り。山椒っぽくもあります。おしなべて華やかでも軽やかでもない、静かだけど毅然とした香りに思えました。

杉やヒノキといった大きな木の幹のようなウッディな味わい。ちょっと収斂味もあります。落ち着いた花香で甘みが少ない事も相まって、どこかしんとした山道のような佇まいを感じさせる味わいです。開けた高原でも、下草の多い里山の雑木林でもなく、旧街道の杉並木のようです。
香りと同様、華やかでや軽やかさを楽しむお茶ではなく、そういった意味では岩茶らしいオーソドックスな味だと思います。

じゃあ愛想が悪い厳しい表情かというとそんな事もなく。すっと茶杯を空けられて、喉に詰まる事なく飲み干せるお茶です。ニコニコじゃなく呵々大笑でもない、ふと時々に穏やかな微笑みを見せるような味です。居ても邪魔にならない、って書くと失礼かもしれませんが、飲んでいて疲れない、でも物足りなさは感じないお茶です。岩韵、という言葉を使うのが好きではないので普段避けていますが、強いて言えばそれに近い感覚の味です。

親しみやすいもんだからこんなのと一緒に飲んだりして。ブサイクな猫だ事。ハロウィンが近くになると街中にオレンジ色が目立ちますな。
甘みや香りを武器にしたお茶じゃないから中にチョコがゴロゴロ入った甘いパンでもお互いが干渉せず美味しくいただけました。
涼しくなって、でもまだ寒いというほどではない。秋から徐々に冬に向かう今の時期にはぴったり。
お茶請けと一緒でも、お茶請け無くてもちゃんと満足出来る、北斗はやっぱり優秀な岩茶です。

完璧とはお世辞にも言えないけど、まあ美味しく淹れられました。よしよし。
茶葉が優秀だから美味しいんだけど、なまじ優秀なだけにハードル上がるのは勘弁してもらいたいもんです。小梅さんが淹れた美味しい北斗、の味の記憶が残ってるんでどうしても較べちゃうんすよ、ホント。

愛想なしのシックなカップに入ったコーヒーと、手で割れないほど固いスコーン。700円也。東京(といっても江東区)は怖い街ですおっかさん。