
Youtubeで昔の歌のMVとかライブの画像の音声を流しながら書いてます。80年代、番頭がまだ番頭でもジジイでもなかった頃の。
チラっと画面見るとコメントが出てるのね。一番上の。当時はPVって言ったんだけど、なにせ古いMVなのでそのコメントにしばしば「who's here in 2025」とか「2025 anyone still listening?」的な「まだ見てる人いる?」ってのが出てきます。それがね、2025じゃなくて2023だったりするとそこはかとなく寂し悲しくなっちゃうんですけど、判る人います?

12月に入りました。懐古や感傷に浸ってる場合じゃあねえすよ。取りあえず飲むもの飲んで仕事にとりかかります。
今朝は奇蘭飲みます。夏場さんざっぱら水出しで飲んで来たんでしょっちゅう飲んでるような気もしますが、熱々飲むのは久しぶりかもしれません。好きなお茶だしメジャーどころなんで二ヶ月も飲まないとご無沙汰感があります。まずはどこのご家庭にも大体常備している奇蘭の袋を棚から引っ張り出します。

地元のツレ、みたいな安心感があります。イケメンでも花形運動部のエースでもなく。陸上部でもないのに年に一度マラソン大会の時にいきなり三位に入っちゃうヤツ、みたいな。見慣れた長い大きな茶葉。手を袋に突っ込んでガサァと5グラムくらいを取り出しました。

味は勿論ですが、奇蘭は最初の0煎目でお湯をかけた途端に上がってくる香りがなんとも言えません。身も蓋もない表現だとブドウの皮とヒノキを合わせたような香ばしくてフルーティでちょっと焦げっぽい香りです。何言ってんだ?って人は百聞は一嗅にしかず、自分で淹れて飲んでみてください。
中焙煎なのは判ってはいますが、その割に少し色が明るく、赤みは少なめ。元々の茶葉の色素も影響してるのでしょうか。コンソメスープのような色です。

杯底香は最初の0煎目の時のウッディでドライな香りと印象が変わります。熟した黄桃のようなこってりとした果実香、ミルキーでさえあります。
水出しの時に出てくるのは0煎目のほうで、この杯底香は熱々で淹れた時のご褒美です。

味については説明不要…なのは番頭がそれこそ嫌っちゅうほど飲んで来たお茶だから。なので一応簡単に書きます。
ブドウ、ベリー系の判りやすいフルーティな味わいです。擬似的な渋みというか、渋みは脳が感じますが実際には渋くはありません。ドライな、と言い換えたほうがしっくりくるかもしれません。この擬似的な渋みが舌に乗っかるとああ奇蘭飲んでるなあ、としみじみ感じます。

爽やかだけど軽やかとはちょっと違う、頼りなさや物足りなさも感じない「ちょうど良い」どっしり加減です。
花果香白瑞香、梅占、と香り系が大人気な今年の岩茶ですが、なんだかんだでシーズン通して安定した人気を誇っているのは黄観音そしてこの奇蘭です。肉桂水仙といった御大ではなく、脂ののりきった中堅の稼ぎ頭というイメージです。ま、それだけの事はある味であり香りです。

甘みや花香を武器にしているお茶ではないのでお菓子も邪魔をしません。しかし昔ながらの焼き菓子ってしっかり甘いっすね。今ふうのと違って。

大らかで瑞々しい葉底。
強いてマイナスを挙げるとすれば、やや煎が短いです。余韻がいつまでも続くタイプではなく、終わり方が潔くて粋です。完投粘投型ではなく、7回までをピシャリと抑えて後ろに任せるヤツですな。今頃一足先に風呂でも浴びてる頃かと。

美味しかったです。思いがけない口福じゃなくて思った通り、期待通りの味でした。

日々の流れがいっそう加速してきた感があります。オラワクワクすっぞ。